塗装職人の再スタート
他のことがよく見えて、他の仕事に就いてみて塗装の仕事の楽しさに気づいて、はじめて自分からやりたいと思った仕事、それがずっと続ける塗装の仕事です。もう一度塗装の仕事がやりたくて飛び込んだ先が親方ひとりだけの小さな塗装店でした。
私がはじめて勤めた塗装店とは規模が全く違う小さな塗装店です。また私の塗装の仕事がスタートしたのです。私の3年ほどの塗装経験でどれだけ仕事ができるのかもわからない。何せ以前の塗装店ではほとんど掃除しか経験がなくて、ろくに刷毛も持ったことがない未経験者だったからです。
ワクワクドキドキの2度目の塗装の仕事、3年の経験は全く無駄ではなく、逆に3年の掃除の経験が生きて来ることになる。新築の塗装、塗り替えも塗装するときには必ず必要になる下準備、あの嫌で嫌で仕方がなかった掃除の経験を生かして仕事をすることができ、新しい環境で今までにない塗装の経験が出来たと思います。
それに伴ってある想いが芽生え始めます。
以前に勤めていた塗装店とは規模が全く違う環境で仕事をして、他の塗装店はどんなやり方で仕事をしているのか興味が湧いて来たのです。
そうして数年が経ち、また別の塗装店の門を叩きます。
これをどう捉えられるか、当時は終身雇用が一般的で、一度勤めたら定年まで勤めあげなさいといわれていた時代です。腰を落ち着けてじっくり仕事をしろと言われていたのかもしれません。でも私は色んなところへ行っていろんな仕事を見てみたかったので次の職場を求めます。
この間にも2軒別の塗装屋に行っていろんな人と出会い経験を積みました。このころになると慣れてきて別の塗装屋に行ってもマンネリで仕事をしながら遊ぶのにも一生懸命です。
そこで次に行った塗装店も小規模で親方と職人さんは3人ほど。塗装店も数軒行って段々慣れてきてはいたものの、元々人見知りな私はすぐには溶け込めなかったのです。それでも一緒に仕事をしているうちに意気投合していきます。職人同士で仕事をしながら会話をするので相手の人柄なども見えてきます。
このときの先輩が他府県の塗装屋で長年仕事をしてきた経験をお持ちの方で、いろんなことを知っていて一緒に仕事をしていると楽しくて仕事も遊びも人生についても教えてもらいました。特に仕事について教えてもらうことが多く、私はこの先輩との出会いで塗装の仕事にのめり込むキッカケになって、その後この先輩と一緒に独立することになりました。
私がいろんな塗装店に勤めることで気づいたことがあります。それはどこの塗装店に行っても仕事の内容は大きく変わらず、変わるのは人、誰が仕事をするのかが一番重要だということです。どこの塗装店もお得意さんと繋がりを持って、仕事をいただいて従業員を雇い仕事をするところが一般的です。
私が勤めてきた塗装店の殆どが家族経営、超零細企業です仕事を覚えるのに一生懸命だった私は経営側の苦労を横目に仕事はあって当たり前、仕事をして給料をもらうのは当然だと思っていたのです。
天候や相手のスケジュールで仕事の段取りが変更になることで、早出残業をすることもあります。かと思えば仕事が終わり翌日の段取りを聞くと、現場の段取りがうまくいっていないので休んで欲しいといわれたり、朝寝ているときに電話が鳴り、今日は雨が降っていて仕事ができないので休んでくださいといわれる。
子供の頃、大きな台風や交通機関のストライキで突然学校が休みになるような感覚です。
若いときは突然の休みも嬉しくて、はしゃいでいた時もあります。でも回数が増えてくると給料が減り生活に支障をきたします。一般の会社に勤めておられる方からすると、なぜ給料の金額が変動するのか不思議に思われるかもしれませんね。
建築業界は以前からずっと日当をベースに仕事をするところが多く、建築職人は仕事の段取りや忙しさなどから休日出勤や早出残業をすることも多くその時は給料も増えますが、仕事の受注が少なかったり天候不良が続くと仕事の出勤日数が減り給料の額は少なくなるのです。
給料が増えてもそれに伴った時間を働いたに過ぎず、働く時間が少なくなると元の金額に戻るのは当然です。仕事があるときはたくさん働いて仕事が少なくなると働く時間が少なくなるの繰り返しです。
仕事量、働く時間を自分で決めることはできません。社会保障として厚生年金を用意してくれていたのははじめの塗装店だけで、他の塗装店で決まっていたのは日当と休日のみ。休日返上でよく出勤したものです。職人だから仕方がないといえばそれまでですが。
多くの建築職人はこのような状況で働いている人が多いのです。仕事さえ続けてできれば毎月決まった額の給料をいただくことができるのですが、それでも年間通してずっと仕事が途切れない保証はどこにもありません。もし仕事が途切れる又は仕事ができない状況になれば給料の額は下がってしまうのです。
満足できなければ自分で満足できるところを探すか、または自分で仕事を確保するしかないというのが現状です。もっと仕事がしたい!仕事を安定させたい!決まった休日が欲しい!自分の時間が欲しい!
自分の人生を自分で決めて生きていきたい。そう思うのは誰しも同じだと思うのです。
そのために経験を積んでより良い仕事ができるようになりたいと願うので、私を含めた多くの職人が独立を目指すのだと思うのです。
私もそのうちの一人だったからよくわかります。
独立したのは私が優秀だったわけではなく、先輩がいろんなことを知っていたので誘われるままに一緒に仕事をするようになったのです。いつも新しい環境を求めて別の塗装店を探していた私が叶わなかったことを叶えることができると思ったのです。
仕事場を探さなくても自分たちで独立して納得できる仕事をやればいい。さらに納得です。
安い軽自動車と必要最低限の機械を買って、お互いの知り合いに声をかけて仕事を探します。声をかけるといくつか仕事を出してくれるところが見つかりスタートします。
早朝から夜、深夜、朝まで、とにかくすべてを手放して休みなく働き続けた2人。
月末に集金を終え必要な経費と応援職人さんへ支払いを済ませ、残りのお金が私たちの収入になるはずでしたが、残っているお金は職人として勤めているときの給料にも満たない程のお金でした。
これを見て愕然としていた2人は、お互いの顔を見て驚きを隠せなかったです。
でもこのとき私たちが思ったこと、もっと頑張ればなんとかなる。まだまだ頑張りが足りないだけ、こういってお互いを励ますことしかできなかったのです。
でも私たちはモノを流通させて手数料をいただくような仕事をしていたわけではありません。実際に自分たちの体を使って仕事をして収入を得ていたのに、一般的な塗装職人の収入を得ることができなかったのです。
朝5時や6時に家を出て仕事をして、帰ってくるのはいつも夜、酷いときには夜中や朝まで仕事をしていたこともよくありました。それなのになぜ?
なぜこのようなことが起こるのか?それは私たち2人共が経営を理解していなかったからです。2人共ちょっと頑張って早くきれいな仕事ができるから、もっときれいな仕事をすればたくさんの人に認めてもらえて仕事が増えて収入もアップするだろうと考えたからです。
ところが実際にはそうではありませんでした。仕事をたくさんすれば収入は増えて当然だと思っていた私たちは無我夢中で仕事をすることしかできなくて、気がつけば酷い状況に陥っていたのです。
やがて一年が経とうとしていたとき、私のやる気のスイッチが崩壊します。
それから私はまた以前のように塗装店勤めを再開します。別のところへ行ってもっともっと技術を磨かなくては通用しない、どこかでこんなことを思っていたに違いありません。そしてまたさらに仕事をするようになっていきます。
これまでの仕事を振り返って考えたりもしました。一度独立して勤めるのとは違う感覚も経験させてもらうことができて、私にとってすごく良い学びになったのです。
いつかはまた独立して仕事がしたいという想いが強くなっていきます。それから4〜5年が経過したでしょうか?
いろんな仕事を経験して自信もつき始めていたころ、周りの多くの職人が独立し始めます。
それを見ていた私は無性に独立したくなって、暫くして何の当てもないのに独立します。
あいつらが独立するのなら自分にもできるだろう!いつものように無計画性で進めます。
頭の中ではとにかくがむしゃらに働いて自分の力を試してみたい。あるのは想いと情熱と勢いだけです。私がそれまで見てきたものを頼りに走り始めます。
でも生計を立てていくために仕事をしなければなりませんでした。仲間の手伝いから請け負いまで様々です。そこで始めたのが塗装店の下請け仕事で、日当形式の仕事ではなくて、現場単位での請け負い形式で仕事をするようになったのです。
元々このやり方も私が考えて編み出したものではなく、建築業界では昔から普通に行われてきたことで、私の周りの独立した職人の多くがこの方法で仕事をしていました。以前の独立でうまくいかなかった方法でもありましたが、そんなことはすっかり忘れて、また同じ方法で同じことをもう1度しようとしていたのです。
これが私の独立スタートです。
ここからほんとうの試練が始まることを私は全く想像もしていませんでした。
仕事をすればするほど収入が増える。そう思っていたので朝から晩まで一生懸命働きます。
どうしたら早くきれいな仕事ができるのか?こればかりを日々考え続けて作業に没頭します。
どれだけ朝早くからたくさん仕事をしても勤めているときより収入が低い、冷静に考えれば小学生でもわかることが、職人の技術を積み上げるだけで独立に夢中な私は、これを理解しようとしなかったのです。
以前と同じように収入が少ないのは自分の頑張りが足りないから、仕事のスピードが遅いから、いつも責任は未熟な自分にあると思って常に技術とスピードを重視していたのです。
一生懸命まじめに良い仕事をして認められて、はじめて標準的な収入になって、更に認められなければ高収入を得ることはできないと信じていた。そして俺は常に頑張って良い仕事をしているからと思っていたのです。
それから暫くして一生懸命仕事をしても勤めていたときと何も変わらなくて、更に悪化していることに気づくのです。
仕事を請けて自分の好きなやり方で納得する仕事をができる。でも自分が納得できる仕事をしようとすると、経費、利益は無く自分の日当を削って常に低い賃金で仕事をすることになります。
普通に考えればもっと良い条件のところを探せばいいじゃないか!まさにその通りで、どんな仕事でも良い条件のところを探せばいいだけなのです。しかし私は人見知りで人と接するのは苦手なので、知り合いや仲間から仕事をもらっているのが当たり前で、一般的な企業がやっていることなど自分には関係がない事だと思っていたのです。
だから知り合いや以前から関係があるところ、知り合いに紹介してもらったところから仕事をもらっていているのが当たり前で、他の選択肢は自分にはできないし向いていない、難しいことだと考えて諦めていたのです。
私が独立したとき、多くの職人が同じように独立していて、後に知り合った職人仲間などを見ていると、工務店の下請けとしてひとり親方や職人を雇用して仕事をしている人が多かったと思います。私は何の
努力をすることなく、良い仕事だけをしていれば他の人がやっている工務店の下請けになれると思っていたのです。
なぜそこまで工務店の下請けにこだわるのか?それは自分はできるだけ努力することなく仕事を得ようとしていたからで、自動的に仕事を得ることができると思っていたからです。
私が下請けや孫請けとして仕事をしていていつも願っていたこと。日々現場に出て職人として働いていた私は、次の仕事はいつもらえるのかを考えながら携帯電話が鳴るのを常に待っていたのです。調子が良いときは忙しくて手が回らなくて、応援の職人に手伝ってもらわないと間に合わない、逆に仕事が入ってこないときは不安で仕方がなかったのです。
不思議と忙しいときは世間全体が忙しくて、応援の職人に声をかけても集まらないのですが、暇なときも同じで仲間に電話をして相談しようとしても同じ返答が返ってくるのです。
仕事が入ってこないと仕事は無くなる、タイムリミットが迫ってきます。何か仕事が入ってこなければ来週から仕事が途切れてしまう、常にこんな状況で何とか仕事がつながってくれ!そう思っていると誰かが声をかけてくれて首の皮一枚つながります。
いつもこんな危機的な状況が続くのに仕事が来るのを指をくわえて待っているのです。やっぱり自分で仕事を確保するために何かしなければならない。常にそう思っていたのですが、首の皮一枚つながってここまできた甘えもあり、何とかなるに違いないと祈り続けることしかできない自分がいたのです。
今考えると、独立するということは自身の価値を提供し、地域に貢献することで成長する。なので地域に貢献することはできていても、実際には本当の自分の実力を発揮していないのでうまくいかない。
自分の本当の実力とはどういうことなのか?
ここで建築業界の下請け構造の話です。
下請けと聞くと、下請けだからだめなんでしょ!ってなる。
でも私が塗装職人を始めた45年前、はじめて勤めた塗装店も、次の塗装店もその次の塗装店もみんな下請けでした。塗装店は元々建物を建築する際の塗装部門を受け持つ企業として考えられていたからです。
高度成長期、日本では次から次へと建物が建てられてきて建築業界だけではなく、どの業界でも引手数多な状態が続きました。どこの業界に行っても仕事はたくさんあり、潤っていることが一般的です。
私が勤めた塗装店の中でも下請けではないところ、それが下請けの下請け、孫請けと呼ばれています。下請けの塗装店から仕事をもらって生計を立てている塗装店も実際に多いのです。
私が独立したときやっていたのがこの孫請けです。適正金額で仕事をしてはじめて満足できる仕事ができて経営が成り立つのに、孫請けで請け負っている金額で仕事をしようとすると満足いく仕事はできない。自分で納得できる仕事をするために私が職人としてできることは、仕事をする時間を増やすことと、スピードアップして仕事を進めることしかできませんでした。
お客さんは正規の価格を支払って塗り替え工事を発注しておられるのに、工事開始時点から大幅根引き状態で、塗装店が実際に工事を請け負うときには、正規の価格の半分くらいしか支払われていないことが多いのです。
この状態では実際に工事を行う職人は、どうにかして早く工事を終わらせる手立てはないものかと考えます。そうして行われてきたのが社会問題にも発展した手抜き工事です。
元請けから下請け、または下請けから孫請けの塗装店、どれも経験している私が思うには、お客さんから直接仕事をいただくということは、お客さんの気持ちを理解していることが重要だと思うのです。
当然お客さんから直接仕事をいただく元請けは理解はしていると思うのですが、下請けや孫請けをしている塗装店がお客さんの気持ちを理解しているかどうか?
職人は工事が始まってはじめてお客さんと顔を合わせるのですが、そこで職人がどう思うか?きれいに仕上げて喜んでもらおうとは当然思います、しかし誰のために仕事をしようとするのかというと、当然仕事をいただいている方のために仕事をしようと考えます。今日初めてお会いしたお客さんのためにとはなかなかならないものです。
ここで仕事をする塗装店にとってのお客さんは、仕事を発注している大元のお客さんではなく、自分が仕事をいただいている方、つまりお客さんのことを真っ先に考えるよりも、次の仕事をいただくために印象よくしておこうと思って当然だと思うのです。
元請け、下請け、孫請けの流れは金額に対することだけではなく、どんな意識でお客さんに仕事を提供するかまで違ってくるのです。
私が独立した当時は、自分で元請けとして直接お客さんから仕事をいただくということを考えることはありませんでした。その選択肢はあったと思うのですが、当時は珍しく多くの独立した塗装店が目指すのが工務店などの下請け業でした。
工務店などから仕事をもらうのも、紹介やキッカケが必要で何の実績もない私に仕事を出しているところも無かったです。無かったというより何も始めることなく諦めていたといった方が正しいです。
独立といっても現状の自分を何ひとつ変えることなく、大きな結果だけを得ようとしていたのです。だから苦手なことには一切チャレンジせず、みんながやってる楽で成長が見えない生き方を選び続けます。
元々人見知りで引っ込み思案な性格の私は、それを理由に隠れて前に出ようとしません。常に誰かの後ろに隠れて、声をかけてもらうのを待ってもらえる仕事で生きていく。
これは私の子供のころとよく似ています。自分から積極的に行動しないで誰かに声をかけて貰もらうのを待っている、私は自然とこんな人生を選んでいたのです。
職人として仕事をしてきた私は、仕事を獲得するとなると萎縮してしまうのです。初対面の方とコミュニケーションをとってとか、聞いただけでもそこにはなかなか踏み込むことができなかったのです。営業とか経験もないし、どうしていいかわからないから後ずさりしてしまう。
そんな恥ずかしくてカッコ悪いことをするくらいなら、少々金額が少なくても職人として現場で一生懸命働く方が良い。
でも本当の独立とは自分がやってきた職人としての仕事と、自分の仕事を確保する営業としての仕事の両方を必要とするものなのにです。
そんなことしても上手くいかないって!
周りでは常にこんな声が聞こえます。上手くいくはずないって!、できるならみんなやってるって!そんなに簡単にできるわけないだろ夢を見るのはやめておけ、変なことしない方がいい、いつもこんな声が夢を遮ってきます。
頭の中に常にある仕事の有無、仕事がいつ途切れて収入がなくなる心配を抱えて、どこか仕事をくれるところはないか?仕事中は勿論、仕事が終わっても寝ているときも休みの日でもいつでもどこでも仕事のことを考え続けている状態です。
だから仕事があると条件が少しぐらい伴わなくてもがっ付いて請け負ってしまう。仕事が無くなることを考えるとできるだけ仕事を確保しておく方が安心なのです。仕事さえあれば頑張れば何とかなる。ちょっとまとまった仕事が入ってくると、数週間は仕事の無い心配をしなくてもいいので安心するのです。
もう仕事の心配をするのはごめん、とにかく仕事を確保してどうにかして抜け出すしかない。
どうして仕事ができる職人が下請けで、仕事の事もろくに知らない人間が元請なんだろう!?
上手に仕事を得ることができる人間が優位に立つことができる。これっておかしくないか?
・無駄な中間マージンとは一体どういうものなのか?中間マージンで気を付けること。
私が塗装店に勤めていたときは、親方が今の私の立場だったのが、私が独立して親方の立場を担うようになった。
親方(私が仕事をもらっている)が得意先から仕事をもらって納めてていたものを、経費や利益を差し引いた金額でそのまま私のところに仕事を依頼してくるだけです。
この経費や利益の金額は少なく見積もっても、100万円の仕事で20万円だと仮定して、100万円から20万円差し引くとしたら、私は80万円で仕事をすることになります。
親方も請け負って多少の打ち合わせをする必要があるので経費はかかります。そして親方にとってもこれが大事な収入になるので、もらわないわけにはいかない。
でも元々はこの100万円の仕事もお客さんから直接いただいて来たのではなく、元請けからいただいてきたもので、塗り替え工事であればリフォーム会社や訪問販売業者、工務店などから仕事を請け負ってきているのです。
ということは、その元請けはお客さんからいったい幾らで塗り替えを請け負ってきて、この親方に100万円で仕事を任せているのでしょう?少なく見積もって元請け会社がお客さんから依頼された金額が120万円だとすると
120万円から元請けが20万円と親方が20万円の合計40万円の経費と利益が差し引かれて、実際に私が仕事をするときには80万円の金額をもらって仕事をしていることになります。
でも最近はこのような流れは少なくなってきていて、元請けが120万円で請け負ってきて80万円で直接職人に仕事を任せることが多くなってきているからです。なぜかというと元請けも中間マージンが無駄だということが分かってきたからです。
元請けは塗装店の親方に仕事を任せるのも職人に直接任せるのも手間は同じで、職人に直接工事を任せた方がその差額を得ることができるということを理解し始めたからです。
今まで間に入っていた塗装店の親方の存在がいかがなものか気づいてしまったのです。
当然ですが、元請けがお客さんからいただいた塗り替え工事は、直接職人に仕事を依頼した方が儲かるということです。これはお客さん側から見ても同じですね。これまでは元請け会社に塗り替え工事をお願いするお客さんが大半でしたが、元請けを経由することによって無駄な中間マージンを支払っていることに気づきます。だから現在のような専門店への直接施工という流れが多くなってきたのです。
たくさんの会社を通すことで発生する中間マージンは、自社では仕事をしないで下請けに回す、その際に会社経営に必要な経費や利益を差し引くことで成り立っているのが実情です。
仕事もしていないのに中間マージンだけもらうなんて許せない。そう思われるのはご最もなのですが、彼らは全く仕事をしていないわけでは無いのです。彼らはお客さんから仕事をいただいて下請けに任せるという仕事を介して利益を得ることで立派な仕事として成り立っているのです。
中間マージンで一番問題なのは当然高くつくことかもしれません。でもそれよりももっと問題なのが、お金が全部工事に生かされないということです。正規の価格を支払って工事をしているお客さんのお金が、直接工事をしない会社を通すことでマージンとしてその会社の経費や利益を支払うことになる。マージンとして支払うお金は塗り替え工事に直接使われるものではないからです。
お客さんは塗り替え工事をするためにお金を支払いますが、実際に工事に使われない40万円をどう考えるのか?
あなたがどこかに買い物に行って気に入った商品が120万円でした。しかし80万円しかないので値切ってみたものの交渉は通らなかった。仕方がないので妥協して80万円の商品を購入するしかありません。当然といえば当然ですね。しかし120万円支払ってわざわざ80万円の商品を購入するでしょうか?
お客さんも現場で仕事をする職人も請負金額を決めることができなくて、決められるのは請け負っている元請けだけで、例えばお客さんが元請けに値引きをお願いして受け入れられたとしても実際はどうなっているのかわからない。ほとんどの場合の値引きは職人への金額提示の際に差し引きされて提示されることが多いのかもしれません。
ということは値引きをしてもらった結果、実際は元請けが値引きを受けるのではなく職人の請負金額が少なくなるということです。ということはどういうことか理解できると思います。
120万円の塗り替え工事を10万円値引きして110万円でお願いします。さてどうなるでしょう?元請けは120万円の塗り替え工事を10万円値引きしたから、今回の仕事はうちの経費と利益は10万円にして塗装屋さんに100万円でお願いするでしょうか?職人に直接仕事をしてもらう場合でも本当は40万円ほしいところを経費と利益は30万円で我慢して80万円で仕事を依頼するでしょうか?、、、
以前伺った話があるのでシェアします。社名や金額は伏せますが、ある訪問販売会社がお客さんから300万円で塗り替え工事を請け負って、下請けの職人に100万円以下で丸投げして仕事をしてもらっているというものです。100万円以下といっても更にビックリする金額なのです(恐)
この金額は極端な例かもしれませんが、でも業界ではごく一般的に行われていることなのです。
そんな仕事やらなければ良いだけでしょ!?
私もそう思います。でも職人は営業の経験がなく仕事をもらっているところからの連絡を待っているだけで、いつ仕事が入ってくるかもわからない、先の仕事の見通しが経たないので少しでも収入が得られるのであれば・・・これができるだけたくさん仕事がしたい。仕事を確保しておきたいと考えるということなのです。
ここで塗装店以外のトイレ交換で見てみると、トイレによって様々ですが10万円でトイレ交換を引き受けてきて、8万円で工事をお願いすることができるとしたら。
お客さんから仕事をもらってくる人がいるから私たち職人は、仕事をいただくことができるので感謝しかありません。特に私は人見知りで営業が苦手なので大助かりです。お互い得意なことで助け合って仕事をすることができる関係性が成り立って上手に付き合っていけるのです。
これが請負関係です。
ネットが浸透してきて多くの業界で価格の見える化が進んでいます。ネットを検索すればほとんどの商品価格を調べることができます。例えばトイレや浴槽などを交換しようとリフォーム会社から見積もりをとってみて、同形式のトイレの金額を探すこともできるのです。
このトイレはネットで〇〇円で販売しているが、業者の見積もりは〇〇円。これなら業者に頼まなくても、ネットでトイレを安く買って誰か知り合いの器用な人、または自分で交換することもできる。
この価格の見える化で、実際にこのようなことが行われているのです。トイレ交換の仕事を請け負ってきて、トイレの購入金額と職人の日当金額だけで仕事をしてもらうというものです。
例えば10万円でトイレ交換を引き受けてきて、ネットでトイレを3万円で購入できたとして、職人に手間賃を2万円支払って交換してもらえるとしたら・・・
実はこれら一般的なリフォーム工事と塗り替え工事は全く違うものなのです。
それが完成品と半製品です。
トイレの場合、作っているメーカーは限られていて、安くしようと自分で作ることは難しいです。なのでトイレをどこかで仕入れる必要があって、トイレの仕入れ価格を安く抑えることで低価格を実現できるものです。
しかし安くトイレを仕入れたといっても粗悪品であることは殆どあり得ないです。少し傷があって安く売られているものもあるでしょうが、滅多な粗悪品は存在しないし、そんな商品を使って工事をすることはできません。
一般的にトイレを仕入れてきて、職人さんがしっかり交換工事をすれば大丈夫です。頼んでいたものと違うものを取り付けない限りはどこに頼んでも大きな変わりはないと思います。
でもトイレのような完成品とは違い、塗り替え工事は半製品といって完成したものが存在しないのです。気に入った色を決めて塗り替え工事を依頼しても、イメージはできますが出来上がるまで完成品を見ることはできません。
塗り替え工事を契約してまず届くのは塗料缶です。その塗料をどのように美しく塗り上げるかは職人の腕、気持ちにかかっているといっても過言ではありません。完成してはじめて仕上がりを見ることができる。これは実際に現場で塗っている職人にしかわからないことなのですが、職人によって仕事の仕方が違うのです。これだけでは理解できないと思いますのでもう少し詳しく説明させていただくと、
先ほどの塗り替え工事80万円を例にとってお話します。
80万円で塗り替えをしようとしますが、適正金額が元請けがお客さんから請け負った金額の120万円だとしたら、全くお金が足りないと思いませんか?120万円から経費と利益、材料代を引いて塗り替え工事を行うのが一般的なのに、先に40万円もの大金を差し引かれたとしたら足りなくなるのは当然ですよね?
120万円ー 40万円 =80万円で工事を行うのか?
(元請け金額) (元請け・下請け経費利益) (工事費)
120万円- =120万円で工事を行うのか?
(職人直営金額) (工事費)
どちらが良いかは明確ですよね?
そして120万円の仕事を80万円で請け負っていても成り立つのか?
もっと踏み込んでお話します。ここまで話していいのか?(笑)
あまり大きな声では言えないことなのですが、、、
いろんな塗装店と職人を見てきて、
塗装店は建築工事の塗装部門を担う下請工事として始まったとお伝えしました。高度成長期にどんどん建物が建って常に人手は足りない状態です。何とか一生懸命仕事をしてきて早出残業でカバーしてきたようなものです。
もう工期が間に合わないので仕様変更されたり、間に合わせるために必死で仕事をしてきた職人たちですが、正直工事現場の中は大変な状態です。例えばコンクリートを10日乾かさなければならないところを9日乾かして次の作業に入ることもあるでしょう。
間に合わないから夜から現場に行って朝終わらせるとかも普通です。そんな状態で良い仕事をするのは難しい、そこで3回塗りのところを2回で済ませる。2回のところを1回で済ませることがあるのかないのか、、
でもこれで工事は終了して収まっているところがあるのです。職人が見るとあそこにムラがある。艶が出ていない、職人が見るのと一般の方が見るのとでは違います。
正直に言いますね。職人は自分が「納得できる仕事がしたい」だけなのです。
満足いく仕事量、お金が支払われていない、十分な工期が設けられていない、指示を出す上司が仕事を理解していない環境の中で職人は仕事をしていて、常に自分の納得できる仕事を提供したいと思っているのです。
勤めている職人も、独立している職人もみんな同じなので、儲けるよりもまずは自分が納得できる仕事第一優先なのです。
私がそうで、バブルまっ只中のあふれる仕事量の中で仕事のことばかり考えて生きてきて、実際に自分が納得できる仕事ができたかというとそんなことはありません。
だから独立したのに、仕事を手に入れる力がなかったので孫請けを強いられて、満足できる仕事をすると収入が得られない、収入を得ようとすると満足できる仕事ができない。だからできるだけ長時間仕事ができるように現場に早く行って遅くまで仕事をするしかなかったのです。
それでもいつか限界が来ます。いつまでもこんなことは続かない。
私が納得できる仕事がしたいと思っているのと同じように、周りの職人もみんな同じように考えているのが分かります。もっときれいにするための仕事談義が続きます。もっと時間がかけられたらもっときれいに仕上げられるのに・・・
職人の声を聴いていると胸が痛くなります。
仕事ができるうちはまだマシ、仕事をしていて最も不安だったのは、やっぱりいつ仕事が途切れるかわからないことです。仕事があるときと無いときで暗転する。仕事があるときはなんとかよく仕事ができていても、仕事が少なくなってくると大変です。
この仕事が終われば来週から仕事がない。そんなことは日常茶飯事で、気合で仕事が入ってくることを願うしかありません。それでも入ってこないときは倉庫の整理をするくらいしかありません。当然収入はゼロです。
何とかして職人が大好きな仕事を心配なくできる環境を築きあげたい。そのためには今のままではどうにもならないということは重々承知の上でした。
何とかならないのか?
そんなとき、ある話を耳にします。お客さんから直接仕事をいただけるというものです。そんな夢のような話があるのか?営業でもしろっていうのか?できないから悩んでいるんだろ。
私の胸の内はいつもこんな会話を繰り返してます。無理だ無理、止めているのはいつも自分です。職人として仕事をするのであれば幾らでもできる。しかし営業となると、、
これまで何もしてこなかったわけではない。営業のようなことをやっていたつもりです。しかし大きく仕事につながることはありません。それは仕事が無いときはやるのですが仕事が入ってきて忙しくなると逃げるように現場を優先させるのです。
真剣に本気になれなかったです。
下請け仕事も少しずつ増えて仕事量も少し増えましたが、やっぱり不安が残るのです。それが待ちの姿勢で、直接お客さんから仕事をいただくわけではないので、相手の都合で仕事をするので自分で調整することができなかったからです。
やっぱりこれをやるしかない。もうこんな不安な人生はまっぴらごめんだ。自分に腹が立ってしかたがないのです。独立しようと決めて、色んな人の人生を背負って来て、いつまでも煮え切らないままズルズルと逃げていること。
これが逆の立場で私が職人だったらとっくに別の塗装店に移っていたでしょう。でも独立当初から一緒に仕事をしてきた職人や仲間は変わらず一緒に仕事をしてくれている。何とかその気持ちに報いなければならないと思う。
やったことないけど、やってみよう。
私が始めたのが塗り替えを考えている方、塗り替えに興味をお持ちの方向けに私が話をする機会を設けるというもの、人見知りで口下手な私が最も苦手でやりたくないことです。話、それも人前で、、できるかよ!やったことないよ!何を話せばいいんだ!
ごちゃごちゃ言いつつ、どうせ誰も来ないだろうと思って始めることにしたのです。
会場を借りて始めたのですが誰も来ません、来るはずもありません、こんな職人の話を誰が聞きに来る?逆にホッと胸をなでおろす。安心してどうするんだよ!いやでも人が来たら話をしなければならないんだよ?来ない方が良いような、来てほしいような複雑な気持ちです。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、数人の方が話を聞きに来られた(汗)
ここまで来て逃げるわけにもいかないので、腹を括って何とか話をするとなぜか感触は良かった。そして集まらなくても何回か繰り返していると話を聞きにくる方が増えていったのです。ヤバい!(笑)
緊張しながら一生懸命、私が一番得意とする塗装の仕事の話をします。塗装以外の話なら数分で話は尽きてしまうのですが、塗装の話であれば何とか話すことができます。
話を終えて数日後、会場に来てくださった方のお家へ訪問、見積もりをして後日塗り替えのお仕事をいただきます。塗り替えに興味がある方向けに話を始めて3ヶ月くらい経ったころでしょうか?
そのお客さんと話をしているときからジーンと感動してきて、今にも泣き出しそうになるのを何とか堪えながら契約をいただいて帰宅します。いろんな話を聞きたかったのですが、もう涙を堪える自信がなく不愛想だったかもしれませんが、お客さん宅を後にします。
車に乗って事務所へ向かっている途中に、嬉しくて嬉しくて自然と涙があふれてきます。たまらなくなって車を止めて思いっきり泣きました。独立して15年以上が経過してはじめてつながりのない方から直接自分で仕事をいただくことができたのです。
このお客さんは2年前から自宅の塗り替えを検討されていて、何社か見積もりを取って検討した結果信頼できるところがなかったそうです。そのとき私が出会って話をし、信頼してもらって塗り替えのご依頼をいただいたのです。
そのお客さん宅を塗り替えをさせていただいている間も、お客さんの顔を見るたびにこみ上げてくるのを堪えるのに必死です。塗り替えが終了して集金に寄せていただいたとき言われた一言がめちゃくちゃ嬉しかったのです。
ご夫婦から笑顔であなたを信頼してお願いして本当によかった!と何度も何度も言っていただいたとき、塗装の職人をやってきてこんなに嬉しかったことはありませんでした。今この文章を書いているだけでもこみ上げてきます(笑)
中卒で職人をはじめて、独立して15年くらい仕事をしてきて、自分は口下手で不愛想で営業はできないし、仕事をもらえるところもない。仕事をもらえるのは知り合いの下請けの下請け、でも仕事には自信がありました。
いつも仕事が途切れる不安を抱えながら仕事をしてきて、一生このまま終わるのかな?そう考えていた私がお客さんから直接仕事をいただいて、こんなに喜んでもらえることができるとは思ってもみませんでした。
私が今までやってきた、この塗装の仕事をお客さんに提供することで、こんなに喜んでいただけるのがどれだけ嬉しいか。もっともっとたくさんの方に塗り替えを提供したいと思うようになります。
それからお話を続けて少しずつお客さんからお仕事をいただけるようになっていったのです。大きなことができなくてもいいので、少しずつ少しずつ一軒一軒確かめるように塗り替えをしていきます。
これまでの人生を振り返って、私は自分の殻を破りチャレンジしたことなどほとんど何もない。たまたま周りの人に恵まれて何とか人並みに生きてこれたような気がします。
中卒で何もわからないまま始めた塗装職人の仕事、世間知らずの若造が何も考えないでノリと勢いで独立して、はじめて自分の不甲斐なさに気づき、人見知りで口下手の自分が殻を破り人生のハードルを乗り越える勇気を与えてもらうことができたこと、この仕事と仲間に感謝です。
職人として働いてきて独立してまで一体何がしたかったのか?目の前のことに必死で自分でもよくわからなかったのですが、今少しわかったような気がします。
毎日仕事があって躊躇することなく、全力で自分の技術を発揮し納得するまで仕事ができること。これが私が職人として独立していつも望んできたことです。これがどれだけ難しいことかがよくわかります。
一般社会では当たり前のことかもしれませんが、建築業界、特に建築職人の世界ではまだまだ当たり前ではありません。いや一般社会でもなかなか難しいかもしれません。それを塗装の職人として仕事ができる環境で、お客さんの喜ぶ顔を見るために日々全力で仕事をする。
私が職人として勤めていたときの当たり前、いつ仕事があっていつ仕事が無くなるか、今月の休みは給料は幾らなのか?仕事が安定しない不安を抱えながらする仕事がどれだけ辛いかを理解している職人だからこそ。もうあの不安定な仕事環境には戻りたくない。そのために全力で自分が納得できる仕事を提供するだけです。
今、職人の納得できる仕事がしたいという願いを少し叶えることができたのです。もっともっとたくさんの職人の願いを叶えることで、たくさんの塗り替え工事をされる方に喜んでいただけると信じています。
今日も京都の西で家の塗り替えをしています。
明日はあなたのお家へお伺いするかもしれないですね(笑)